幸せになる為のスピリチュアルレッスン

幸せになりたいあなたの願いが叶うスピリチュアルレッスン

幸せになりたいあなたの為の『親不孝のススメ』〜親から自立するとは経済的なことを意味しているのではなく『親を超える』と言うことで親の顔色を見ずに自分の幸せや歓びを受け取ること

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◆親不孝のススメ

わたしがこのお仕事を始めたのは『恋愛がうまく行かなかった』ことがきっかけ。

『なぜいつも同じ感情のパターンがあるのだろう?なぜいつも同じような所で喧嘩になるのだろう?なぜいつも・・・』と自分の恋愛パターンにヘキヘキし、『なぜ?』と自分に問いかけた所たまたま本屋さんで『インナーチャイルド』について書かれている本と出会った。

その本がきっかけとなり全く興味がなかった、むしろ大嫌いだった『スピリチュアル』と『心理学』を学ぶこととなった。

もう、13、4年も前のことです。

なんの予備知識もなかったことが功を奏したのか、知らなかったことを知ると言う作業にわたしは夢中になった。

そして、スクールで
生き辛さの原因は親との関係
と見事にインプットされた為

親との関係を見つめたりワークをセッションで掘り下げたりと長い長い時間を費やしました。

そして、わたしの中である程度終わった・・そう感じていた時33年ぶりに実家へ戻ることになる


帰って気づいた

終わっていたのは表面上で在ってまだまだわたしの奥深くには眠っていた感情があることに・・


あれだけ見つめてきたのに実際に親を目の前にするとこうも感情が出てくるのかと自分自身の中から湧き上がる強い感情にびっくり(笑)

しかし、かつてわたしが親との関係を見つめたことにも意味があったように当然この時期家に帰ったことにも意味が在るのだろう。。そう感じたのでわき上がる感情を止めることなくあるがままのわたしをわたしが受け止めて行った。

強い感情を感じ切る

わたしがわたしのすべてを受容する時間。

そんな時間を過ごして行くとあれだけ強かった感情もやがてとてもとても静かになって行った

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◆親から自立して「自分」を生きる

自立・・と言う言葉を聞くと「経済的」なことを想像する

経済的なことを想像する人が多いからだろうか?

起業女子とか起業ママとか

そんな言葉にお尻を叩かれ「稼ぐ」とか『七桁』とか言う言葉に惑わされている人も多いように想う。

まー、お金を得ることもそれはそれで学びなので良いとは想うけど。

わたしが想う自立は『自分』をどれだけ大切に出来るか?
自分を知り生きれるかと言うその心根のこと

誰かの顔色を伺って自分のやりたいことを諦めたり、欲しい物を我慢したり、行きたい所にも行かずに閉じこもることは囚われを意味する。

そんな呪縛を解いて自分を生きることが親(世間)からの自立だ。


実家に帰り…
母親と対峙し、どこかで『めんどくさい』と思いながらも

『嫌』と言う言葉を意識的に口にした

それはされたくない
それは嫌い
わたしはこう思う
だから辞めて

と感じる度になるべく口にした

言わない方が楽、母親の思惑の中に身を置く方が楽なのだろうけど、それではかつてのわたしとなんらかわらない…『わたし』が死んでしまう。

母親がどう想うかとか母親がわたしの気持ち・わたしの生き方を理解出来るかどうかは本当のところ全く関係がなく。

理解されることをのぞむのではなく、受け入れられることを求めるのではなく、理解されなくとも受け入れられなくとも「わたしがわたし」で在ることをわたしが認め、わたしが表現することが大切なのだとそう感じたから徹底的に自分を表現し過ごした

そんな中久々「U理論」が手元にやってきた

この本の中に

『成長するとは他者の「目玉」をどれだけ自分の中に持てるか』

そんなニュアンスの文章が在った。

『相手を受け入れる』とか言葉では知っているし解っている

でも本当の意味で相手を理解出来ないのはどこかで相手を自分の物差しで測りジャッジしているから。

相手の目線(目玉)を自分にはめて

★相手にはどんな景色が観えているのだろう?
★どうしてそんな考えに至ったのだろう?

と相手の感じ方を体感してみる

体感することで相手の目玉が自分の中に生まれる

そのプロセスを受容と言う。

そして、そんな『目玉』が増えてゆくことが人間関係を豊かにすることであり、人生が豊かになるのだと改めて『U理論』を読んで再認識したのだ。

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◆負けるが勝ち

必然でやってきたこの『U理論』を読んでまたまた私の中に大きな気づき。

わたしは33年ぶりに実家に帰り母親の激変が赦せなかったのだ。

あんなに厳しかった母がすっかり老いていること
あんなに仲が悪かった父と母が仲良くなっていること

その変化が受け入れられなかった。

受け入れることは傷ついたわたしを終わらせることであり、否応無しにわたし自身の中の大きな変化を受け入れていかないと行けないから!!!



人は良い変化だけを求める


しかし、
残念ながら
別れ
老い
なども変化の1つ

そして、
こんな嫌だと感じる変化をも受け入れること

その受容が自分自身の大きな変化に繋がってゆく

わたしはここ数年母親と一緒に過ごすことで

別れやら老いやらという受け入れがたい変化をある種の諦めを持って受け入れる作業をしてきたようだ。

そして、わたしは
降伏した


なんであんなに苦しめたの
なんで勝手に老いたの!
なんで丸くなったの!

とわたしは時とともに変化していった母への怒りを感じ、そして、その変化の世界を受け入れたり、そこに身を置くことを拒絶し

戦いの場に在り続けようとしていたのだ!

傷ついたわたしでいたかったのでしょう

しかし
わたしに黙って変わってしまった母を赦した(笑)

戦いの場から降りたの。

そして
同時に『母親の目玉』を自分の中に取り入れることも赦した

それは
母親の生きてきた全てを完全に理解できるか、はたまたその生き方を心地よいと感じるかはさておき…

彼女はそれを選択して生きて来たのだと言う事実とその生き方を母としてと言うより『人』として尊重した


長い長い月日を経て生まれたその赦しはわたし自身の変化を促してゆくのでしょう。


長年、無意識ですが手にしていた剣を降ろしました。

丸腰のわたしの次のステージです(笑)

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