幸せになる為のスピリチュアルレッスン

幸せになりたいあなたの願いが叶うスピリチュアルレッスン

自分のやりたいことはこれだけか?何か抜けているんじゃないかと時には考えないと

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◆君も、その方向に進めてくれる人が誰か必要だろう。ひとりではそうはならない


不思議な流れで手元にやってきた『モリー先生との火曜日』

生きることへのメッセージがてんこ盛りだ。

今のような文化状況じゃ、死ぬ間際にならないとこういったことまで気が回らないね。

みんな自分本位のことでがんじがらめだから。

仕事のこと、
家族のこと、
かねは足りるか、
借金は払えるか、
新車を買うとか、
暖房が故障したら直すとか

ただ暮らしを続ける為に数知れないことに関わって行かなければならない。

これでは、ちょっと立ち止まって反省する習慣がつかないよ。

これだけなのか?
自分がやりたいことはこれだけか?
何か抜けているじゃないか?

と時には考えないと

日常目の前に起こる事象に目を向け、それを超えることに必死になり、

『今を生きる』ことをしていないことは多い。

終わってしまった過去や
まだ観ぬ未来へ怒りや恐怖や感情を送り込み

送ることで今を生きるエネルギーが枯渇する。

死を目の前にしたモリー先生に「生きる」ことの意味を学ぶ

亡くなる前に(無くなる前に)気づくこと

そんなメッセージてんこ盛りの本

大切なもの、大切なことから遠ざかっている

そんな風に感じている方にお勧め♡

メイクLOVEの快感と財力の快感は、とても似ています。マネーはLOVEに変わるのでしょうか?わたくしの場合、答えはイエスです。

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◆3P

叶恭子さんを初めて見かけたのは、30年ぐらい前になるのだろうか?ヴァンサンカン25ansの読者モデルページだった。

当時ヴァンサンカンは他のファッション雑誌と一線を画しており、セレブ〜な雑誌だった。

そんなセレブ〜な雑誌の中で叶姉妹が紹介された時の衝撃は凄かった。

今まで日本人であんな雰囲気を醸し出す女性はいなかったからだ。身の纏うもとが高価だとかそういうレベルではなく、きっとわたしたちには想像もつかない生き様なのだろうと想像させる立ち振る舞いだったからだ。

そして、時を同じくして、森瑶子さんや山田詠美さんが女性目線のエロスを描き、日本人女性が話題にして来なかったセクシャリティの部分に光を当てた。

使うお金の額で愛を計っているのでは決してありません。

そもそも、お金のないい人に「愛と言う名の運命」は感じません。

わたくしに投入される財力とは、愛情のバロメーター。

当然のことながら、愛情が大きければ、財力も大きくなります。

資金の大きさとは、その人の人間の大きさそのもの、金銭感覚とお金に対するセンスは、その人の生き方、「器」の要素の一つです。

財力がもたらす快感とはとてもヒューマンなものなのです。

というのは、マネーの快感はメイクラブの快感にとても似ているのです。


(トリオリズム 叶恭子著)

『トリオリズム』は、「お金」と「セックス」について書かれているが、どちらも「汚いもの」「口にするのは下品」だと刷り込まれてきているので、この本に拒否反応を示す人も多いのかもしれない。

でもお金やセックスはシンプルだ。

シンプルで解りやすいツールだからこそ

相手が自分の為に「お金」や「時間」をどんな風に使うかで相手の自分への想いを計ることも出来るだろう。

ホテル代を割り勘にする男性。
女性にことごとくお金を出させる男性。
自分のことばかり話す男性。
自分の趣味に女性を引きずり回す男性。

相手にどんな扱いをさせるかは女性が決めているのですから、「そんな扱いをされた」と愚痴る前に

自分が自分をどんな風に扱っているのか?

自分自身にどんな役割を与えているか?

そんなことに気づく必要があるのかもしれない。

あまりに聞き分けの良いオンナは結局の所男に良いようにされてしまう。
その扱いは自分が設定をしているということです。

たとえば、LOVEで苦しんでいる女性は、次のような方でしょうか。

・結婚(あるいは『付き合っている』という言葉や形式だけにこだわっていて、実は本当に相手を好いているかすら、わからない女性。

・精神的な愛にとても重きを置いていて、肉体的な繋がり=セックスを、言わば、付き合い的な形でしか考えていない女性。

・愛にのめり込んでいて、ついつい尽くしすぎて、心も体もずたずたになる関係を解っていながら繰り返してしまう女性。

恋愛においては、本当にいろいろな愛し方や幸せの在り方があるのでしょう。

ですが、恋愛とエロスについて悩みを持つ方のほとんどは、わたくしからみると固定概念に従った

『〜であろう妄想』『〜なはずに違いない妄想』に陥っていることが多いようです。

あるいは、自分だったこうだから、相手も同じようにそうだろうと言う、決めつけの視点。

これらは本質を見えにくくさせます。

人の数だけ人生の考え方があってしかるべきではないでしょうか

この『トリオリズム』には恭子さんの『トリオリズム』体験も描かれており、なかなか興味深い(笑)

愛とはこうあるべきだ
男とはこう在るべきだ
オンナはこう在るべきだ

と言う画一的な思考にがんじがらめになっている方にお勧めの1冊。

わたくしは『肉体的な間に合わせ』は理解出来ますが、『精神的な間に合わせ』は百害在って一利なしだと考えています。

LOVEにおいて相手に合わせようとする気持ちは素敵なことでしょう。

しかし、自分の個性を打ち消してまで相手に合わせる関係はけっして長くは続きませんし、結果的にお互いにハピネスをもたらさないでしょう。


そんな方には核爆弾並みの破壊力(笑)

文化がろくな役に立たないのなら、そんなものいらないと言えるだけの強さを持たないといけない。自分の文化を創ること。多くの人はそれが出来ない。私よりよっぽど不幸だよ。こんな状態の私より。

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◆人生の意味

人生の節目と言える時にわたしは奇跡を体感する。


たまたま目にした街の中の広告
電車の中吊り
本の中の一節

に盛り込まれたわたしに目覚めや気づきを促すようなメッセージが絶妙なタイミングでやってくる。


今回もなかなかオモシロイタイミングで手元にやってきた

モリー先生との火曜日」


スポーツコラムニストとして活躍するミッチ・アルボムは、偶然テレビで大学時代の恩師の姿を見かける。

モリー先生は、難病ALS(筋萎縮性側策硬化症)に侵されていた。

16年ぶりの再会。モリーは幸せそうだった。動かなくなった体で人とふれあうことを楽しんでいる。

『憐れむより、きみが抱えている問題を話してくれないか』

モリーは、ミッチに毎週火曜日をくれた。死の床で行われる授業に教科書はない。

テーマは「人生の意味」について。


以前映画を見たことが在るが今回は「文字」としてわたしの元に派遣されてきた。

モリーはにっこり微笑みを浮かべる

『ミッチ、さっき君、私が知りもしない人のことを気にかけていると言っていたけど、この病気のおかげで一番教えられていることは何か、教えてやろうか?』

何でしょう?

『人生で一番大切なことは、愛をどうやって外に出すか?どやって中に受け入れるか?その方法を学ぶことだよ』

声がささやくように細くなった。

『愛を受け入れる。自分は愛されるに値しないとか、愛を受け入れれば軟弱になるとか思われがちだけれども、レヴァインという賢者が言ってるよ。

「愛は唯一、理性的な行為である」』

モリーはこの言葉を心を込めて、一語一語意味を確かめるように反復した。

「愛は唯一、理性的な行為である」


ミッチは死の床にいるモリーと時間を共有することで

生きること
人生の意味を1つ1つ学んでゆく。

老いや死は誰にでもやってくる


しかし、
そのときがすぐそこにやってくるまで意識することはなく自分から遠いと感じ過ごしてしまうからだろうか?

先延ばしにしたり、
どうでもよいことに時間を使ってしまったり、
悩みの沼に留まることを選択し続ける。

そうやって有限である時間を無駄に使ってしまうことも多い。



今この時期にこの本がやってきたと言うその流れがオモシロイ。

2017年は今後10年を「決める」土台となる1年

必然とそして凄いタイミングでやってくるメッセージを堪能しながら
土台を作ってゆこう〜♡

宇宙の計らいはまさに絶妙♡

それを
無条件の愛
と言う

幸せになりたいあなたの為の『親不孝のススメ』〜親から自立するとは経済的なことを意味しているのではなく『親を超える』と言うことで親の顔色を見ずに自分の幸せや歓びを受け取ること

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◆親不孝のススメ

わたしがこのお仕事を始めたのは『恋愛がうまく行かなかった』ことがきっかけ。

『なぜいつも同じ感情のパターンがあるのだろう?なぜいつも同じような所で喧嘩になるのだろう?なぜいつも・・・』と自分の恋愛パターンにヘキヘキし、『なぜ?』と自分に問いかけた所たまたま本屋さんで『インナーチャイルド』について書かれている本と出会った。

その本がきっかけとなり全く興味がなかった、むしろ大嫌いだった『スピリチュアル』と『心理学』を学ぶこととなった。

もう、13、4年も前のことです。

なんの予備知識もなかったことが功を奏したのか、知らなかったことを知ると言う作業にわたしは夢中になった。

そして、スクールで
生き辛さの原因は親との関係
と見事にインプットされた為

親との関係を見つめたりワークをセッションで掘り下げたりと長い長い時間を費やしました。

そして、わたしの中である程度終わった・・そう感じていた時33年ぶりに実家へ戻ることになる


帰って気づいた

終わっていたのは表面上で在ってまだまだわたしの奥深くには眠っていた感情があることに・・


あれだけ見つめてきたのに実際に親を目の前にするとこうも感情が出てくるのかと自分自身の中から湧き上がる強い感情にびっくり(笑)

しかし、かつてわたしが親との関係を見つめたことにも意味があったように当然この時期家に帰ったことにも意味が在るのだろう。。そう感じたのでわき上がる感情を止めることなくあるがままのわたしをわたしが受け止めて行った。

強い感情を感じ切る

わたしがわたしのすべてを受容する時間。

そんな時間を過ごして行くとあれだけ強かった感情もやがてとてもとても静かになって行った

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◆親から自立して「自分」を生きる

自立・・と言う言葉を聞くと「経済的」なことを想像する

経済的なことを想像する人が多いからだろうか?

起業女子とか起業ママとか

そんな言葉にお尻を叩かれ「稼ぐ」とか『七桁』とか言う言葉に惑わされている人も多いように想う。

まー、お金を得ることもそれはそれで学びなので良いとは想うけど。

わたしが想う自立は『自分』をどれだけ大切に出来るか?
自分を知り生きれるかと言うその心根のこと

誰かの顔色を伺って自分のやりたいことを諦めたり、欲しい物を我慢したり、行きたい所にも行かずに閉じこもることは囚われを意味する。

そんな呪縛を解いて自分を生きることが親(世間)からの自立だ。


実家に帰り…
母親と対峙し、どこかで『めんどくさい』と思いながらも

『嫌』と言う言葉を意識的に口にした

それはされたくない
それは嫌い
わたしはこう思う
だから辞めて

と感じる度になるべく口にした

言わない方が楽、母親の思惑の中に身を置く方が楽なのだろうけど、それではかつてのわたしとなんらかわらない…『わたし』が死んでしまう。

母親がどう想うかとか母親がわたしの気持ち・わたしの生き方を理解出来るかどうかは本当のところ全く関係がなく。

理解されることをのぞむのではなく、受け入れられることを求めるのではなく、理解されなくとも受け入れられなくとも「わたしがわたし」で在ることをわたしが認め、わたしが表現することが大切なのだとそう感じたから徹底的に自分を表現し過ごした

そんな中久々「U理論」が手元にやってきた

この本の中に

『成長するとは他者の「目玉」をどれだけ自分の中に持てるか』

そんなニュアンスの文章が在った。

『相手を受け入れる』とか言葉では知っているし解っている

でも本当の意味で相手を理解出来ないのはどこかで相手を自分の物差しで測りジャッジしているから。

相手の目線(目玉)を自分にはめて

★相手にはどんな景色が観えているのだろう?
★どうしてそんな考えに至ったのだろう?

と相手の感じ方を体感してみる

体感することで相手の目玉が自分の中に生まれる

そのプロセスを受容と言う。

そして、そんな『目玉』が増えてゆくことが人間関係を豊かにすることであり、人生が豊かになるのだと改めて『U理論』を読んで再認識したのだ。

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◆負けるが勝ち

必然でやってきたこの『U理論』を読んでまたまた私の中に大きな気づき。

わたしは33年ぶりに実家に帰り母親の激変が赦せなかったのだ。

あんなに厳しかった母がすっかり老いていること
あんなに仲が悪かった父と母が仲良くなっていること

その変化が受け入れられなかった。

受け入れることは傷ついたわたしを終わらせることであり、否応無しにわたし自身の中の大きな変化を受け入れていかないと行けないから!!!



人は良い変化だけを求める


しかし、
残念ながら
別れ
老い
なども変化の1つ

そして、
こんな嫌だと感じる変化をも受け入れること

その受容が自分自身の大きな変化に繋がってゆく

わたしはここ数年母親と一緒に過ごすことで

別れやら老いやらという受け入れがたい変化をある種の諦めを持って受け入れる作業をしてきたようだ。

そして、わたしは
降伏した


なんであんなに苦しめたの
なんで勝手に老いたの!
なんで丸くなったの!

とわたしは時とともに変化していった母への怒りを感じ、そして、その変化の世界を受け入れたり、そこに身を置くことを拒絶し

戦いの場に在り続けようとしていたのだ!

傷ついたわたしでいたかったのでしょう

しかし
わたしに黙って変わってしまった母を赦した(笑)

戦いの場から降りたの。

そして
同時に『母親の目玉』を自分の中に取り入れることも赦した

それは
母親の生きてきた全てを完全に理解できるか、はたまたその生き方を心地よいと感じるかはさておき…

彼女はそれを選択して生きて来たのだと言う事実とその生き方を母としてと言うより『人』として尊重した


長い長い月日を経て生まれたその赦しはわたし自身の変化を促してゆくのでしょう。


長年、無意識ですが手にしていた剣を降ろしました。

丸腰のわたしの次のステージです(笑)

愛の為に調和が崩れるのは調和のある人生の一部でもあるんだ@食べて、祈って、恋をして

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◆何もしない歓び

GAOで観ました。

以前にも観たはずなのに
今回は全く違う言葉や風景が自分の中に入ってきてなかなか面白かったです。

毎日服を選ぶと同じように自分の考えを選ぶ。
選ぶ力を養ってみろ。

人生をコントロールしたいのなら
まずは自分の精神から。

人の心は支配出来ない
自分の心を支配出来ないなら今のままだ。

『努力しているわ!』

そこが駄目なんだ。
あがくのを辞めて身を委ねてみろ

とにかく自然にまかせろ

ニューヨークでジャーナリストとして活躍するエリザベス(ジュリア・ロバーツ)は、離婚と失恋を経た後、すべてを捨てて自らを探す旅に出る。

イタリアでは食の快楽を追求し、インドのアシュラムでは精神力を高めるべくヨガと瞑想(めいそう)に励む。そして、最後に訪れたインドネシアのバリ島では、彼女の人生を大きく変える出会いが待っていた。

youtu.be

◆人生の可能性は沢山あるのになぜ逃げるんだ


失恋して旅に出るなんてまるで女子大生のようだ・・と言う酷評も多々在った映画で、以前観た時はあまり言葉が私の中に入ってきた覚えがなかったけど、今回はなぜかいろんな【メッセージ】がヒット!!!

万有引力の法則とは自然界に存在する法則だ。

探求の力学の法則とは、
勇気を出して自分が親しんできたもの例えば、家とか古い恨みの感情を捨て去り、真実を求め外の世界へあるいは魂の内側へと向かう。

そして、その旅の途中で起こったことは全てきっかけと受け止めるのなら出会った人たちを皆教師として受け入れるならそして、なにより自分自身の受け入れがたい欠点と正面から向き合い、それを赦せるば、

真実は必ず観えてくる

魂へ向かうプロセスが描かれていてなかなか興味深かったです

何よりもジュリアロバーツがキュートでなんだか旅に出たくなる


難しいことをあまり考えずに観ることをお勧め♡♡♡

女性に暴力を振るう男をどうやれば見抜くことが出来るのか?暴力を辞めさせる方法は?暴力を振るわれる女性に特徴はあるのか?暴力を振るう男と別れる為には

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◆夫が妻に暴力をふるうとき

コブラのほうが、反社会的で、犯罪者のような傾向を見せ、攻撃する時は非常にサディスティックに振るまった。また、友人、親戚、同僚、上司など他人にたいしても凶暴なことが多かった。

しかし、闘犬型に比べると、感情面で他人に依存することはまれだった。

闘犬のように粘着質で嫉妬深い、ということもない。

妻には、自立しろと言い、常に「俺は出て行くぞ」とか、『浮気をするからな』と言っては、あざけるのがコブラだ。

闘犬型は、その点、精神的に常に不安定である。

妻の一挙一動に、裏切りの気配を感じ、捨てられるのを何よりも恐れた。


(夫が妻に暴力をふるうとき ニコール・ジェイコブソン著)

◆夫婦のカタチいろいろ

わたしは暴力を受けたことはありませんが…

仕事柄いろんなお話を聞くことはあります

暴力を振るう男性は
コブラ
闘犬

に分けられる

コブラ型は、『洗脳』を武器としており、相手が泣いたり喚いたりすればするほど実は冷静になる

サディスティックな面が強くジワジワと妻を追い詰めてゆく
また、その凶暴さは妻だけではなく他者にも及ぶ

狡猾な為事が大きくなると周りに改心したように見せかける
しかし、暴力はエスカレーターしてゆく

混沌とした幼少期を過ごして闇が深い

闘犬型は、『感情』をコントロール出来ない不安さを持っていて妻に依存している
その怒りは制御不能の感情で妻や家族のみに注がれる

根底には『捨てられる恐れ』があり、妻なしでは生きてゆけない

『気が小さく』

そんな自分が歯がゆくて妻に制裁を加える

それが虐待

ちなみに…
闘犬型は結婚生活を解消することが多いが、コブラ型は離婚はおろか別居と言う選択になかなかならない

そして、
女性が男性に暴力を振るわせるよう仕向けていると言われるが…

妻が何かを言った言わないは関係ないそうです

しかし、妻に暴力を振るう口実となることを敢えてやり(妻が嫌がること、浮気や日常些細なことなど)、妻に不満や不平の種を植える

妻は見事にその仕掛けにのる。

そこで待ってましたとばかりに切れ、妻に暴力を振るう

妻に一種の罪悪感を負わせているためなかなか別居するとか離婚するという行動には繋がらないのでしょう。

そうやって
パワーゲームが続く訳です。

夫婦のカタチがいろいろですね!!!

たまたま手にした本ですが…
悩んでいる方のご参考になればと綴ってみました

なぜ生きる。人生の目的はなにか?

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親鸞聖人の答えは、簡潔で明快だ。


「生きる目的は、金でもなければ財でもない。名誉でもなければ地位でもない。人生の苦悩の根元を断ち切られ、
『よくぞ人間にうまれたものぞ』
と生命の歓喜を得て、

未来永劫の幸福を生きること」である。

これを『摂取不捨の利益を得る』とも『無碍の一道』とも言われている。

『よろこばしきかな』で始まり、『よろこばしきかな』で終わる「教行信証」の、ピンピン輝く生命の歓喜は、この目的を達成した聖人の、熱火の法悦である。


(なぜ、生きる 高森顕徹監修)


◆幸福に生きる
人と比べたり
競ったり
戦ったりして
少しでも自分の中に人とは違った何かを見つけ出そうと必死になる。

しかし、そんな状態でたとえ何かを得た所で結局は枯渇感や焦燥感を感じ、また何かを探したり、競ったり戦ったりし始める。

なぜならば
わたしたちが求めているのは「感覚」であり、物質ではないからです。

充足感や安心感や安定感や幸福感は外側からやってくるものではなく、自分が認め受け入れ感じてゆくものだからです。

そんな感覚を感じる為には、
いまこの瞬間に身を置くことを意識すること

そして、
満たされている自分を堪能すること。

そしてどんな状態であろうとも自分の中に幸福感を見つけると決意することです。

そんな決意なくして
また、内側の充足感なくして真の幸せはえることは出来ない。

親鸞聖人の言葉がちりばめらたこの本は、
はっとしたりぎょっとしたり(笑)

しかし、そんな風に気づかせられながら
自分にとって何が大切なのかを思い出させてもらえる。

人生はとことんシンプルね♡

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